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帰還不能、の場合

桜が満開。
今年の桜は、って、去年の桜を見てはいない。
では、去年の今頃は何をしていたか-

上ミャンマーで乾燥と暑さの余り鼻血を出しながら、自転車に乗って遺跡めぐりをしていた。
2005年晩秋から2006年初夏までの、インドから東南アジアを巡る、楽しい旅行だった。

その旅行から戻ってからは、ずっと日本国内にいた。
時折、日本の色々なところに行ったが、大部分は、怠惰に、金もなく、壊れていた。
時に、あのまま旅を続けていれば、と空想をもてあそぶこともある。
気に入った場所で、パスポートも捨てて、身分を偽って暮らしてみたら、と戯れに考えることもある。

そうすると、ふと思い出す。
あの、なんともいえない、ダージリンでの光景を。
帰れない人のことを。

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「ふふふ、そうよねぇ、わたしがこんな量では満足できないって、何度もいったでしょう、ちょっと。
私はたくさん食べるのよ!」

そのとき、ダージリンの地元向けネパール食堂に客は私と、その怒鳴り声を上げた西洋人のオバ半の2人だけだった。
おば半は英語のアクセントからすると、どうもイギリス系のようだ。
ぐしゃぐしゃに乱れた髪、汚れた顔、大きく見開かれた目、チベット仏教僧の僧服に、物乞い用の鉢と手に握られた数珠。目の色は澄んだ薄い青だった。

オバ半は英語の雑誌を読みながら、油断なく辺りを見回すと、独り言を繰り返す。
机の上に放り出した物乞い用鉢に入った襤褸を見つめながら

「そうよ、そうよ私はこんなところに20ルピーを放っていてはいけないんだったわね」

と、誰かに向かうようにはっきりと語る。

食堂の主人はなるだけかかわらないように、オバ半に食事を運ぶと後は見て見て見ぬふりをする。
私だって、話しかけられたらたまらないので、外国人であることを気取られぬよう、ネパール語のみで食事を注文する。

「みんな、私たち二人には話しかけてこないわね」
オバ半は独り言をいいながら、豆のスープと炒めた野菜、大盛の飯といった典型的なネパール定食をかきこむ。
地元の人々がするような手食ではなく、スプーンでだ。

前日、このおば半がダージリンの中心広場のチョウラスター付近で、現地の娘2人を相手に占いをやっているのをみている。寒いさなかに靴は履かず、フェルトでできた厚いスリッパだけで、それはひどく汚れ、ぬれていた。
霧と小雨で濡れた坂道に座り、それを気にしているようには見えない。客の娘達に、光の強い目で、占いの結果を教えている。

おば半は、我々の眼に見えない「もう一人」の誰かに向かってぶつぶつと英語で話しかける。

どのくらいインドにいるのかわからない。
実は正気を保っているのかも、わからない。
ただ、こうなりながらも、母語は捨てられず、英語の雑誌を握り締めているのが悲しい。

翌日も、おば半は広場下で占いと物乞いをしていた。
大きく見開かれた目には曇りがないが、もしかしたら、完全に狂っているのかも
しれない。

悟りに近く、悟りに程遠い。
ただ、もう、元には戻れない。

そして、実は誰だって、その彼岸へ渡れてしまう。
引き止めるものは、実はごく薄い、何か、でしかないのかもしれない。

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考えをもてあそぶだけの、今日に感謝すべきなのか、時折、とても怪しい気持ちになる。

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