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しみじみとした、あの味ども 3

さ、この一連もサクサク終わりましょうかね。

つぎは、いつ更新するか、わからないしねぇ。ふふふ。

しみじみ in the spring of 2006, Sikkim, India
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しみじみと、しかもまずい

このところ、よる年波に勝てず、ひよった旅をしている。
泊まる場所は言うに及ばす、お湯の出るバス付の部屋で、いらないというのに、大抵はテレビ付き。街歩きに疲れると、部屋に戻って菓子なぞ食べながら、しょうもないテレビ番組をぼーっと見ていたりする。

いかんよね、これでは、旅をしている醍醐味とかないじゃないか、って、ないんです。はい。

食事もまた叱りで、インド、ネパールでもちょっとお金を払えばいいものが食べれるようになったご時世、おいしいものを存分に食べるようになってしまった。とはいえ、私にとって、おいしいものといったら現地食のちょっと高級なものや、現地の人々が家庭で食べているものをお金を払って食べさせてもらうようなレベルで、西洋飯や日本食を日常的に食べることころまでは、まだ行っていないが。それに、個人的贅沢料理の料金は、偽西洋飯や日本食に比べたら安いものである。うまくて安いので、こんなに幸せでいいのかしら、とつい食べ過ぎて太ってしまうのはご愛嬌。しかし、外食が発達していない田舎を旅するときには、味の良しあしをいっていられないこともある。

先日、西シッキムの村から歩いて、近所の一番大きな町へ行ったときのこと。
食料を携帯をしていなかったので、町へつくころ、私は腹ペコになっていた。何でもいいから食べようと思ったが、その前日、村の食堂で悶絶するほどのドカ飯を食べさせられていたので、何か軽いものにしようと考えた。このあたりでは、食事は家で食べるもの、のため、食堂はあまり発達してないが、それでも軽食屋やお菓子屋は結構ある。その中で麺類や餃子をうっている店を見つけたので、早速ポーク・トゥッパ(チベット風豚肉入り湯麺)を注文した。

言葉のわからなかった時分、こういった田舎の小さな軽食屋でよく食事していたなあ

とふと、昔を思い出す。

さて、到着した湯麺は、椀の底が透けて見えるような薄いスープにド黄色の麺が沈み、上に薄く切られた豚の脂身と葱がのせられている。薬味は塩とすりつぶした赤唐辛子とにんにくのソース。

ああ、これは、あのまっずいトゥッパじゃないか!

貯蔵技術の発達していないこういう田舎では、肉は一度煮て保存する。その煮汁はむし餃子の付け合せやこういった麺のスープに使うが、これが味もそっけもないまずいスープなのである。さびしい味、とはこういうスープのためにあるのだというような味。しかも、麺はゆでた後、そのまま放置され伸びきっていて、箸でつかんだ瞬間に千切れるので、スプーンですくって食べなければいけない。黄色い色はウコンとカラシ油からきてるようで、口に入れた瞬間の鼻につくマスタードの匂いとウコンのほのかな苦みが嫌な味だ。歯にニチャリとへばりつく麺の食感が、一人で食事をする味気なさを倍増する。
塩や赤唐辛子を入れても修正の利かない味。
乗せられた豚の脂身が、取り返しのつかない状態に拍車をかけている。

ああ、こういうの昔よく食べたよなぁ、カトマンズの町ではもう、こんなのなくなってきてるけど、こんなところに生き残っていたのか。

しみじみとまずい。

中年を迎え、かって学生時代に食べた食堂の味をなつかしむ、という話を何かで読むことがあるが、もしやこれがそれなのか、と思うようなしみじみと懐かしく、とてもまずい味であった。
でも、青春の味がこれ、というのは人間としてどうか、と思いつつ完食。

ま、もう二度と食べないけどね。


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その後、帰国してからもう1年がたつけど、こういう懐かしく、しみじみとまずい味、というものには、お目にかかっていない。やっぱ、思うわ。こいつらが青春の味って、俺、人間としてどうよ。

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