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町は文字に囲まれてって、案外幸福でないのかしら

Kapivara_2
現在、いつもの腐れ超絶田舎とはおさらばして、かなり離れたブラジル南部の大都市に滞在ちう。

ああ!神様!ここは同じ国じゃないのか!
なんだ!この!金髪の群れは!

ブラジル南部はドイツやポーランド系の移民が多いため、何がなんだか、全体的にヨーロッパ色がつよい感じだ。サンパウロ州から北でよく見かけるアフリカ系や混血で色黒の人々をほとんど見ることがないのが、なんだか、とても新鮮である。
ちなみに、ニッケーや東洋系もほとんど見ないので、本当にヨーロッパのどこかの町に滞在しているような気持ちになってくる。標高も800メートルと高く、曇り空の辛気臭い天気が続くのもまた、どこぞの島国のようであるなぁ。

でも、でもでもでも、先日はしっかり台湾人のやっているレストランで
「あんた!日本語でメニューかけるアルな!日本語のメニューでお客くるアルな!」
って、しっかり翻訳させられて、自分の限界を感じているところだ。

で、そんなことはさておき、都市に滞在して何が超絶田舎と違うかというと、それは視覚的な情報の量だ。
簡単にいえば、看板とか標識とかチラシとか、都市は文字情報であふれている。

すごいなぁ、ココンとこ、ウシと牧場しか見てなかったからなぁ。

というのが、夜行バスに揺られて久しぶりに見た大都会の感想である。
現在は、「あの」くそ田舎に帰る前に、文字情報で整備された空間を十二分に楽しんでいる。
ヨーロッパ的だけあって、あまりおしつけがましくない看板とかは、なかなかに好ましい…のであるが、とんでもなく不親切な表示も多々あったりして、つい、日本のことを考えてしまう。

あの、「文字マントラ空間」日本のことを。

以下は、過去に「だりさ」ページに書き散らした雑文から抜粋。
時期は冬。東南アジアから帰国してそう、時間がたっていなかった頃のこと。
―――――――――――――――――――――――――

どういうわけだか、最近ラーメンを無性に食べたくなってしまう。

洗面器みたいな巨大などんぶりに入った日本のラーメンを食べると、おなかの調子が途端に悪くなってしまうので、このトコロ、日本ではラーメンを食べていない。

東南アジアのメン類は軽い塩味やしょうゆ味の澄まし汁風のものが多くて、しかも量は少なめで軽食にはぴったりなので、よく食べているのだが、日本のラーメンは油がギトギトなものが多いので、つい足が遠のいてしまっていたのだ。

たぶん、ここ数日、ずいぶんと過ごしやすい気候になって、体が寒冷地用に変化しつつあるのかなぁ、

などと思いつつ、とんこつしょうゆ味で有名なフランチャイズのラーメン屋へ行くことにする。

そのラーメン屋は
「すいません、イカ釣り船ですか、これわ?」
というような過剰な照明で店内が照らされていた。
光線のあたる角度がよく考えられているのか、見た目ほどまぶしくはないのだが、テーブルの上には一切影ができないところを見ると、やはりすごい量の光線なのだろう。

「ああ、このテーブルの上で美術工芸品の写真とか取るとさぞ、美しかろう」
などと思うが、そこはどう考えてもラーメン屋なので、照明の意図はいまひとつわからない。
ちなみにこの店は考えれば考える程、わけのわからないものがいくつかある。

店の入り口には食券販売機がおかれていて、客はメニューを見ながら食券を購入せねばならないのだが、販売機の横には写真つきメニューを片手にした店員が待機していて
「いらっしゃいませー♪なんになさいますか?」
っとラーメンの説明を始める。
・・・そういうことをするくらいなら客席まで注文をとりに行ったほうが早いのではないかなぁ、と素朴な疑問が生まれるのだが、
きーっと私のような凡人のあずかり知れぬ深遠な理由がそこにはあるのだろう。

ちなみに機械にお金を入れて、商品のボタンを押すのは客である。

吐き出されたチケットは、機会の隣にいる店員に渡す。

ほーら、何がなんだか。
ものすごく無駄に思えるのだが。

そうして注文を終えると、煌々と照らされたカウンター席に着くわけであるが、陰影のないテーブルを見つめていると、なんだかいたたまれない不安な気持ちにさいなまれてくるので、壁に目線を移すとそこかしこに張り紙が

それこそ
びっしりと

張られている。

どうも、これはこのラーメン屋の特徴のようであるが

「一撃必殺!豚骨!ラーメン!」
「だってラーメン作るしか知らねーんだもん!!!」
「夢は捨てるなあ!ラーメン大好き!」
「2日間とろとろ煮込みました!角煮召し上がれ!箸でちぎれるううううう柔らかさ!!!」
「ああ、たまらない!ラーメンと俺様」

とか、ミツオを髣髴とさせるような墨跡鮮やかなお習字の数々が

あれよ!
こっちよ!
ここにも!
そんなに!

と張られている。
しかも、最大のものは1メートル四方の真っ赤な紙に墨で殴り書き。

こここここ、この店は耳なし法一状態!?

かかれた文句を読んでいると気分が不安を通り越して、動悸を感じる。その頃あいを計ったかのように、ラーメンが運ばれてくるので、箸を取ると、箸袋にもナンカ文字が!

ひぃいいいいいいいい!

一切関知しないよう、心揺らさずラーメンを啜って、脱兎のごとく店を飛び出してしまう。
もう、味なんてわからない。
しかも、ここの店員、インドのイスラムゲリラみたいな黒い布を頭に巻いたヤンキー風味のネーちゃんだけで、しかも分けのわからない原油汲み取り気みたいな機会がウオンウオン厨房で回っているよう!なんんなんだあれは、あ、また文字がぁ!

「ありあとうございましたー!ありあとうございましたー!」

って後ろから若い娘の声が喚きわたるが、もう金は払ってるからなぁあ嗚呼!

帰りの車の中で、化学調味料を大量摂取した後に起きるコメカミを締め付けられるような感じで、ようやく自分がラーメンを食べたことを自覚したのである。

そういうわけで、2回目のラーメン屋突撃食事はちょっと違う場所に言ったのだが、ここでも

「夢はあきらめなければかなう!」
「自然を大切に!」

とか、また分けのわからない病気の人のうわ言の様な文字が壁におどっていたので、急いで食事を終えると逃げるように店の外に出たのだった。

私はもしかしたら、どこかの国で寝ている間に、普通は見えないものが見えるようなコンタクトレンズを目の中に移植されてしまったのかの知れないなぁ、

って、昔、そういった映画があったよなぁ。
その映画では、
「お金は神だ!」
「買え!」
「消費せよ!」
とか結構直截的言葉が出てくるのだが、こ、この国は
「夢」とか「希望」とか「愛」とか「自然」とか「自分」とか
抽象的でしかもアマーい言葉の羅列で

これってマントラ?

これって宗教?

ああ、そういうもので包んでよ私を激しく!

とか思うのだが、ご飯を食べているときぐらいはいいじゃネーかよぉ!

・・・マントラ空間から、ちょっとお出かけしたいなぁ。

―――――――――――――――――――
てなことを、在日中、激しく書き散らしているのだが、やっぱ、モノには限度があるよなぁ。
今いる街ぐらいが、自分で情報を探す楽しみもあって、結構楽しい。

とはいえ、2週間後にはあのくそ田舎へ、帰還かよ。

人生は中庸が一番だと思うが、

おれの人生、中間ないのか!?

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